世界初の磁気冷凍法による水素液化

世界初の磁気冷凍法による高効率水素液化の実証

技術情報1


 磁気冷凍法による水素液化は絶対温度 1 K以下を生成する断熱消磁法を高温領域に適用したものです。

 上図に磁気冷凍水素液化法と従来の気体圧縮水素液化法の原理図、および液化サイクルでの磁性体および気体の温度・エントロピ線図を示す。上図左の磁気冷凍による水素液化法は、外部磁場を使用して冷媒である磁性体(固体)を励磁・消磁するサイクルを繰り返し、磁気熱量効果により寒冷を発生する方法である。理想的な場合、逆カルノーサイクル(熱効率が一番良い)を実現でき、上図右気体の圧縮、膨張による従来の気体圧縮式水素液化法に比べ、原理的に高い液化動力効率(%カルノー)*が可能である。

 気体圧縮液化法を使用した水素液化機では、下図に示すように予冷リンデ法、ブレイトン法、クロード法などの液化サイクルが使用されており [11, 12]、世界最大級の水素液化機(液化容量 60 ton/day)の液化動力効率(%カルノー)*が約 38%に対し、磁気冷凍法による水素液化機では 50%程度が期待できる。また、気体に比べ、極めてエントロピ密度が大きい固体の磁性体を使用するので液化機の小型化が可能となる。


 水素液化試験を実施する前に、逆カルノーサイクルを使用した磁気冷凍サイクルが実用上適用可能であること、液体水素温度(20 K)で所要の冷凍出力を発生可能であることを確認するため、温度 20 Kでの冷凍能力試験を実施した [13, 14]。磁性体としてガドリニウム・ガリウム・ガーネット(GGG: Gd3Ga5O12)を選定し、励磁・消磁するため最大磁場 8 Tesla の超伝導マグネットを使用し、励磁・消磁速度を 0.04 Tesla/s(パルスマグネット仕様でないので高速にできない)、高温排熱源(三菱重工製 G-M型小型冷凍機 UCR31W使用)の温度を 25 K に設定した。GGG の物性値は実験を実施した当時、液体水素温度(20 K)付近で殆ど報告されておらず、GGG のエントロピを下図に示すように温度 18-30 K、磁場 0-8 Tesla の範囲で測定して実験に使用した。また、逆カルノーサイクルの磁場範囲 0-8 Tesla、温度範囲 25-20 K に設定して冷凍サイクルの温度・エントロピ線図を下図のように構成した。冷凍能力試験に使用した磁気冷凍試験装置と磁性体(GGG)の写真を下図に示す [14]。20 K 以下に到達した時点で GGG に取り付けたヒータの加熱量から冷凍出力を測定した。冷凍サイクルが定常的に繰り返され、GGG が 20 K 以下で一定の冷凍出力を定常的に発生することを確認後、冷凍出力を測定した。冷凍試験時に励磁・消磁速度 0.04 Tesla/s で得られた磁性体の温度・エントロピ線図を下図に示す。また、実験条件をもとに数値解析計算(シミュレーション計算)から得られた温度・エントロピ線図も併せて示す。シミュレーション計算結果は実験結果と良い一致を示している。実験で得られた冷凍出力は 20 K にて 0.21 W、シミュレーション計算では 20 K にて 0.22 W が得られた。冷凍出力が小さい主な理由は、サイクルが高速にできない、排熱スイッチの伝熱性能が悪いからである。冷凍試験において技術課題が得られ、後述の液化試験に向け改良を行った [15]。本冷凍試験は、水素液化実証に向け、逆カルノーサイクルを使用した冷凍サイクルが確実に実現できること、温度 20 Kでの冷凍出力を測定すること、シミュレーション計算法の確立が目的である。


 次に、一定のヒータ加熱量で常時液体水素槽から蒸発する水素ガスの液化試験を行った。液化試験装置の全体断面図と凝縮・液化部の詳細を下図に示す。磁性体として冷凍試験と同様、GGG を選定し、励磁・消磁に超伝導パルスマグネット(最大磁場 5 Tesla、最大励磁・消磁速度 0.36 Tesla/s)を使用し、高温排熱源(三菱重工製 G-M型小型冷凍機 UCR31W使用)の温度を 25 K に設定した [15]。吸熱スイッチには、磁性体下部に取り付けた液体水素槽から常時蒸発する水素ガスを磁性体表面に凝縮・液化し、重力によって流下液膜となって液体水素槽に戻る熱サイフォン型ヒートパイプとした。ヒートパイプの設計には ”水素の凝縮・液化” のページで述べた Nusselt 理論式を適用している(水素の場合でも Nusselt 式を使用して精度の高い凝縮熱伝達率が得られることを我々は初めて実証しており、最適なヒートパイプ設計が可能となった)[8-10]。

 水素液化試験において、磁気冷凍サイクルを開始すると磁性体温度が水素液化温度(20.3 K)以下に低下し、その後水素液化が始まるまでの冷凍プロセスの実験結果を下図に纏めている。磁性体温度、排熱スイッチ温度、液体水素槽圧力、磁場強さを示している。数サイクル後、サイクルは整定し磁性体温度は水素液化温度以下となり、磁気冷凍(液化)サイクルを定常的に繰り返す。磁性体温度が水素液化温度以下となった実験データを示すだけでは、水素液化を実証したことにならず、液化過程(等温消磁過程)での冷凍出力(水素液化量)を実際に測定することが必要である。磁性体の温度低下と水素液化は異なる現象であり、各々の物理量、即ち、磁性体温度と液化量の両者の実験データを示す必要がある。本実験では、一定のヒータ加熱量で常時蒸発する水素ガスにより液体水素槽圧力は時間と共に上昇し続けるが(磁気冷凍プロセス実験結果の下図参照)、磁性体が水素液化温度以下に低下すると同時に、磁性体表面で水素の凝縮・液化が行われ、液体水素槽圧力も低下していることから、水素の液化が初めて確認できる。前述のように、単発で磁性体を励磁、排熱、消磁して水素液化温度以下にするだけでは水素液化を確認したことにはならない。即ち、磁性体が水素液化温度以下になるだけでは、従来の断熱消磁法を使用して単に磁気熱量効果を確認したに過ぎない。また、サイクル終了時には初期状態に戻ることがサイクルの本質であり、逆カルノーサイクルを構成する各々の水素液化過程(断熱励磁→等温励磁→断熱消磁→等温消磁)が確実に実行され、かつサイクルが定常的に繰り返し可能であり、水素を連続的に液化できることが必要である(水素液化時の磁性体の温度・エントロピ線図の下図参照)。磁性体の温度変化、液体水素槽内の水素ガスの圧力上昇・低下等がサイクルと連動して繰り返される定常状態となった後、液体水素槽のヒータ加熱量(一定値)から水素液化量(冷凍出力)を実際に測定している [15]。

 実験条件をもとに、冷凍プロセスの定常時の数値解析結果(シミュレーション計算)を下図に示す。実験およびシミュレーション計算結果は良く一致している。

 水素液化試験の際に励磁・消磁速度 0.35 Tesla/s で得られた磁性体の温度・エントロピ線図を下図に示している。理想的な逆カルノーサイクル(長方形)が実現できないのは、吸熱、排熱スイッチの伝熱性能が十分でないこと、磁性体周辺に存在する(常時蒸発する)不凝縮水素ガスの影響が主な原因である。

 励磁・消磁速度が冷凍サイクルに及ぼす影響を明らかにするため、磁性体の温度・エントロピ線図の違いを下図に示す。 励磁・消磁速度は 0.08 と 0.35 Tesla/s である。励磁・消磁速度が遅い場合、サイクルのひずみが大きく排熱温度が低下すると共に、水素液化過程におけるエントロピ変化も減少し冷凍出力(液化量)が低下する。

 水素液化試験で得られた励磁・消磁速度変化による冷凍出力と水素液化量を下図に示している。励磁・消磁速度 0.36 Tesla/s の時、最大冷凍出力 0.4 W、水素液化量に換算すると 3.55 g/h(50 cc/h)、液化動力効率(%カルノー)* 37%、液化効率** 78%が得られた。

 小規模な水素液化試験ながら、磁気冷凍法による水素液化および高効率な水素液化法(%カルノー*:37%)であることを世界で初めて実証した [13-15]。

 室温から水素温度域において、大きな磁気熱量効果をもつ複数の磁性体を組み合わせた水素液化機が提案され、研究開発が進められている。また、磁気冷凍法により温度 -259℃(絶対温度 14 K)以下の寒冷を発生させると、液体水素からスラッシュ水素の製造が可能となる。

* 液化動力効率(%カルノー):単位液化量に必要となる逆カルノーサイクルでの液化機動力と実際のサイクルで得られた液化機動力の比。%カルノー=FOM (Figure of Merit)×100 (%)。
** 液化効率:冷凍(液化)温度における実験と逆カルノーサイクルでの冷凍出力比。